2008年4月28日月曜日

一乗寺ばんざい。

思い立ち京都に行く。

一番の目的はコレ。
京都国立博物館特別展覧会『絵画の冒険者 暁斎 Kyosai -近代へ架ける橋―』
http://www.kyohaku.go.jp/jp/index_top.html

美人観蛙戯図(京都国立博物館ウェブより)


河鍋暁斎の作品てんこ盛りで5月11日まで開催。
関西一円居住者は万難を排して見るべし!

これだけ絵が描ければ面白いだろうなぁー、という子供みたいな感想が第一。
ちかごろ、学問も芸術もエンターテイメント性が重要ではないかと思う。
特別展観覧の際のご多分にもれず、画集を購入。

鑑賞後は、京都に住んでいた頃馴染みだった一乗寺あたりをうろつく。特に行きたかったところは以下の二か所。

天宝(ラーメン屋)
http://www13.ocn.ne.jp/~tenhou/

恵文社(書店)
http://www.keibunsha-books.com/about/index.html

天宝は京都に住んでいるころも不定期営業に近いものがあったが、この日も店内は電気がついて居ながらみごとに休業。
というわけで、その近場で、同様に贔屓にしていたラーメン屋の天々有で夕食を食べる。
店内がずいぶんきれいになっていた。

恵文社は店舗が広くなっており、雑貨を置くスペースがさらに充実していた。
しかし本の揃え方は相変わらずのかゆいところにばかり手が届く絶妙のセンス。
ここは来るたびに幸福感に浸ることができる。
一乗寺界隈を彷徨したあとは20分程度歩いて南下し、東大路を百万遍あたりまで歩く。
自分はあまり土地を懐かしむタイプではないが、この辺りに来るとやはり「帰ってきた」感じに包まれる。
大阪から電車で小一時間、たまには足を運ぶのも吉。

そして京都時代の友人のみなさんへの重要告知!
東大路の名店「ティピティーナ」がなんだか見当たりません!
外装変えただけなら良いんですが・・・。

2008年4月22日火曜日

アフリカばんざい。


同僚で、アフリカをフィールドにしているSさんという方がいる。

アフリカ




Sさんの話を聞くたびに思うのは、アフリカというのはすごいところだということである。これまで聞いたところだと

・保険のきかないマラリアの予防薬を、滞在中はもとより、滞在期間の前後1~2週間の見続けなければならない。しかも服用に伴い悪夢を見ることが多い。

・普通にビザが下りない。

・大学教員は稼ぎが悪く、校内で畑を耕し自給自足をしている。

などなど。

彼のフィールドとしている地域だけなのか、アフリカは程度の差はあれこうなのか、判然としないものがあるが、聞けば聞くほどこの手の話が出てくるのは大したもの。一度は行ってみたいものである。

これに比べれば、私が対象としているセルビアをはじめとした旧ユーゴなど軟弱なものである。

まず、ビザがいらないのが軟弱だ。
流行病といってもせいぜいのところインフルエンザである(しかし、日本から持参した薬は効きにくい気がする)。
何人か殴られた知り合いはいるが、無事に帰宅できる確率はニューヨークよりは高いだろう。

比べてどうこうというものではないが、Sさんの話を聞くと、というか中東や中央アジアをフィールドにする近しい同僚の話も含めて聞くと、旧ユーゴは結局はヨーロッパである、と妙に納得する。

そういうわけで、「セルビア」と聞いて「アフリカにあるの?」と思った(思っていた)そこのアナタ!
もはやユーロ払いのスロヴェニアや、当ブログ基準ではEU入りのクロアチアはもちろんのこと、デモのたびに暴動がおこるセルビアも、歩きションの国マケドニアも、なんとなく暗さが残るボスニアも、やっぱり軟弱な欧州なんですよ!

などと思ってみたものの、当のセルビアは、コソヴォ問題に絡んで「Neću u Evropu(欧州には入らない)」などとのたまう始末。バルカンはこれだから油断ならない。

ま、けっきょく近いうちに「Idemo u Evropu(欧州に行こう)」とあっさり宗旨替えするんでしょうけど。

2008年4月9日水曜日

ウェールズばんざい。

学会でウェールズはスウォンジーに行ってきた。

スウォンジー大学構内。海辺に近い郊外にあるが、構内はイカス。


スウォンジーと言えば、かつて「スウォンジー・タウン(Swansea Town)」という歌をよく歌った。当時は「スワンシー」とか言っていたが、今思えば恥ずかしい限りだ。
今回、スウォンジーにやってきたので、もちろん「スウォンジー・タウン」を歌いながら港を歩いた。


おーふぇあうぇーるとぅーゆーまいなんしー♪

ベオグラード時代の畏友・Mさんは、パリに旅発つ僕に対して、「シャンゼリゼで『おー、シャンゼリゼ』を歌ってください!」と言ってくれた。僕は無論、それを実行した。スウォンジーで「スウォンジー・タウン」を歌うのは、シャンゼリゼ通りで「おぉシャンゼリゼ」を歌うのと一緒である。
ちなみに、「おぉシャンゼリゼ」の「おぉ」は、原題では感嘆詞ではなく前置詞("Aux Champs-Elysées")であり、意味は「シャンゼリゼ通りで」くらいの意味であるが、感嘆詞風にした邦題はなかなかハマっていると思う。

さて、そんなスウォンジーであるが、ウェールズというところはどこに行っても英語/ウェールズ語の二重表記が徹底されている。

大学の案内板。マッタクチガウ。

駅の看板。当然上がウェールズ語。

というか、どう読めば良いのか分からないことがままである。スウォンジーなんて、どこをどうすればこうなるのか分からない。
はたと気づいたのは、これはひょっとしたら意味を取っているのではないか?つまり、「Swansea=Swan+sea」、「白鳥の海」というウェールズ語なのではないか?今度調べてみよう。

ウェールズの未来。しかし話しているのは英語。

ウェールズ語は、1970年代はウェールズ内で2割程度の話者しかいなかったのが、義務教育化したことで徐々に持ち直しているらしい。ウィキペディアによると、2001年で2割ということだが、学会に同席した日本の研究者の言葉では4割近いと聞いた。これも調べてみよう。沖縄でも琉球方言を義務教育化したらどうなるのだろうか。琉球語と日本標準語の差は、ウェールズ語とイギリス標準語ほどには大きくないのかしら。これも(以下略)

えーと、肝心の学会は滞りなく済みました。